16歳

先週の金曜日、高知新聞の取材を受けました。
仕事の話ではなく、高校時代の学校行事で起きた事故について。

「当時と今とで事故に対する受け止め方は違いますか?21年経って、亡くなった友達やご遺族への気持ちは変わりましたか?学校に対してどんな気持ちですか?同級生と事故について話したりしますか?」

質問に答えているうちに自分がどんどん薄情な人間に思えてきました。
あらためて考えると、受け止め方もなにも事故のことなんか考えないで生きてます。それについて同級生と話すこともない。学校への気持ちなんかなんにもない。

毎年3月24日の夜8時には仲良し3人で学校に忍び込んで学校が作った慰霊碑にビールやお菓子やタバコをお供えしてちょっと話して帰ってきます。

そうする事の意味を聞かれたけど、10年ばぁ前にたいちゃんに「学校行かん?」って誘われて、行こうと思ったき行きゆうだけで意味とかいわれてもわかりません。一生懸命考えよったら忘れてないよっていう自己満足でしかない気がしてきました。

ちょっとしょんぼりしたので、取材終わってからたいちゃんに電話しました。
「自分が薄情なやつに思えてきた。」
「そんなもんやろ。」
「そうでねぇ。もしお前が今消えてもそればっかり嘆いて生きて行けんもんねぇ。」
「…やっぱりそういうとこ薄情や、お前は…。」
ちょっとスッキリ。

まぁ、薄情でも自己満足でもえいか。

今年も校門乗り越えに行こう。

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